タイピンマイクのセッティング方法
正式な名称はわかりませんが、ミニチュアコンデンサーマイク、ラベリアマイク、タイピンマイクなどと呼ばれる、小さなサイズのマイクです。テレビのアナウンサーなどがネクタイに付けているマイクがそうです。
一般的によく見かけるセッティング位置で、マイクメーカーのサンプル写真でもよく見かけるセッティング。楽器からの距離をもう少し離すことも多いようです。このセッティングのメリットは、演奏者の聞いている音に近い音色バランスで拾える、というところでしょうか。ですから、モニタースピーカーの音との違いも指摘がしやすく、PAとのコミュニケーションに慣れない人にも修正は楽でしょう。マイク位置のずれも、ボディからの距離があるので少しならほとんど違いが出ません。

音色の面でも、無指向性マイクでのこのセッティングがもっとも自然だという評価はよく耳にします。単一指向性でも自然さは大きく変わりません。欠点は、鼻息を拾いやすいコト。加えて、ハウリングの面から見ると、音源からの距離は遠く、他の楽器音が被ってくる(セパレーションなどと言いますが)のは避けられません。

このセッティングでなんの問題もなく気持ちよく演奏できる編成は、アコースティックピアノ+アコースティックギターなどの完全なアコースティック楽器だけでのアンサンブルくらいでしょうか。打楽器では、カホーン程度ならともかく、ライブハウスくらいの空間では、ブラシで叩いてもらったドラムでも厳しくなると思われます。


私の使うセッティングです。いつもこのようにセッティングしています。あらゆる場所を試してみた結果、他のどの位置よりもセパレーションと音量に優れていました。バランスはいくぶん低音が勝ったものになりますが、特に飛び出す音域もなく、バイオリンらしい自然さは変わりません。PA側のイコライザーで低音域を少しカットしてもらえばさらに自然な音色になります。このカットすると言うのがミソで、いっしょに他の楽器音の被りも落とすことになり、優れたセパレーションをさらに活かす方向になります。つまり、そのままではなく、ある程度の補正を前提とした「PAを通して出た音がバイオリンらしくなる」セッティングということです。

欠点と言えば、場所が数ミリずれただけで音量や音質が変わってしまうことです。ボディに触れるギリギリになればなるほど良い音になるので、上記のセッティングに比べて、デリケートだと言えます。位置は、上から見てちょうどf字孔の下1/4のところがベスト。目安が付けやすいので、水平方向の修正は簡単です。ボディからの距離の調整の方が慣れが必要ですが、私の経験上では本番中にずれたときでもすぐに直せました。最近はスポンジのウィンドスクリーンを付けています。ボディギリギリにセットするのが簡単だし、万一ボディに触れても接触ノイズが出ません。鼻息も拾わないし...。

このセッティングでも、スティックで軽めに叩くドラム程度はなんとかいけますが、エレキギター、エレキベースが入って来るとそうとう厳しいです。モニターから返してもらうのをあきらめたとしても、表のPAから出る音が細く痛い音になることは覚悟しなくてはなりません。


タイピンマイクには、無指向性(オムニディレクショナル)、単一指向性(カーディオイド)、超単一指向性(ハイパーカーディオイド)の三種類が多く見受けられます。この順に音を拾う角度が狭くなりますから、セパレーション、ハウリングにもこの順に強くなっていきます。音色で言うと、無指向性がいちばん自然だと言われていますが、私の経験ではセッティングの方が要素としては大きく感じます。

上の一般的なセッティングでは、無指向性の方がナチュラルな音でした。下の私のセッティングだと、単一指向性の方が抜けが良く暖かく太い自然に感じられる音でした。無指向性の方は線の細い音に聞こえて、つい演奏も力が入ってしまうのです。これはSONYので試した結果で、指向性以外はほぼ同一の仕様です。

タイピンマイクは、メーカーによってもモデルによってもずいぶん音色が違います。また、最近多い、演劇やテレビ収録などで使う米粒のように極端に小さいものは、無指向性ばかりのようです。選択肢はたくさんありますが、店頭で試してみて好結果でも、現場に持っていったらハウリまくりで使えないというのでは悲しいですね。業務用として販売されているもの(売価が3万円くらいから上ですが)ならば、メーカーや輸入代理店に貸し出し試用機が用意されていることもあり、自分の環境で試してから購入することも可能です。販売店よりも、メーカーや代理店に直接問い合わせてみる方が話が早いかと思います。

私の使用しているのは、SONY ECM-66S(単一指向性、写真のもの)とSONY ECM-55B(無指向性)で、66Sの方を通常使用しています。

★SENNHEISER eシリーズ 908B
たまたまライブでデモ機を試用することが出来たので、印象などを書いておきます。

私のSONY ECM-66S(生産終了品、単一指向性)と比べると、若干重心が低く、腰のしっかりした頼もしい音です。SONYよりもフラットな印象で、そのぶんSONYの方がきらびやかで色気がある感じですが、これは楽器や奏者との相性もあるので、一般にはSENNHEISERの方が扱いやすいかとも思いました。とてもカッチリしたアームとクリップが作りつけで、楽器にもしっかりと装着できます。私は写真のいつものセット位置で使用しましたが、一般的なセッティングにも問題なくセットできました。ウィンドスクリーンも付いているので、ギリギリにセットしてもボディとの接触ノイズが出ないし、鼻息も拾いにくいです。

本来管楽器用なので、耐入力も高いし、指向性もSONYよりも絞ってあるようです。サックスで使用してみたところでは高音域に若干のクセを感じたので、音圧により音色が異なるのかも知れません。いずれにしろバイオリン程度の音量では、フラットな音色で使えるでしょう。eシリーズのマイクは他の製品も評判がよいらしいので、このマイクは注目に値するでしょう。


マイクをセットする器具について。バイオリン専用の器具の単体製品はありませんから、自作するか、何かを流用するか。私は写真のようなものを使用しています。これは店舗のディスプレイ用品で、東急ハンズの店舗用品コーナーで購入しました。パーツ一つ一つでバラバラに売っていて、自分で組み立てました。全部で500円くらいと言ったところだと思います。手持ちのタイピンマイクがちょうど白いクリップのサイズに合っていたので、簡単にしっかりとはめ込めます。アゴ当て側の透明なクリップも挟む力がしっかりしているので、そうそうなことではずれません。あまりしっかり挟んでしまうと、ケーブルを引っかけたときに断線などの事故につながりますが、大きすぎる力がかかったときにはクリップがずれて上手く力を逃がしてくれるので、ちょうどいいぐあいです。つぶつぶも接合が堅めですから、カーブをいったん作ると簡単には崩れません。見た目よりはずっとしっかりとしたセッティングが出来ます。これの問題は、色でしょうか。青とか赤とかあるのですが、いずれにしろ目立つので、目立たないセッティングにはなりません。


セッティングする上での、私が考えているポイントです。

1)セパレーション、ハウリングマージンが十分に取れること (ハウリングしにくいこと)
2)豊かで太い、低音の多い音が拾えること
3)クセのない自然な音色であること
4)演奏時に邪魔にならないこと
5)トラブルが起きにくいこと

順番がほぼ優先順位と言えますが、それほど差があるわけではありません。状況によっては入れ替わりますが、タイピンマイクを選択するときは、アコースティックバイオリンらしい音色を最大限に活かしたいときで、「生音をそのままいじらずに拾って」と言うよりも多少の補正を前提として「マイクからPAを通して出た音がバイオリンらしくなるように」セッティングを考えます。

そういう意味でも、録音とライブとでは、まったく違う考え方・アプローチをします。録音の時は、マイクに入る音がいかに録りたい音そのものになっているかどうかが重要です。あとでどんな補正、調整をしても、マイクに入った音以上の音にするのは難しい。しかし、ライブの場合は、楽器が出している音だけでなく、モニターやフロントスピーカーからの回り込み、会場の反射音などすべてが混じり込んでマイクに送り込まれる。バイオリンのマイクの音量を上げれば、混じりこんで拾った音も一緒に上がってきます。また、いいバイオリンほどよく共鳴しますから、周りのデカい音を出す楽器、ドラムやベースなどを自分の楽器のマイクに送り込むハメになります。そう言ったことで、一人で弾いたときにマイクに入る音がたとえベストの音であっても、合奏時にそのとおりに出せるわけではありません。

なので、補正調整を前提として、スピーカーから最終的に出る音が自分の出したい音になるような音をいかにマイクに送り込めるかと言う考え方、アプローチがPAを使うライブでは必要です。

1) 2)は表裏一体とも言えます。ハウリングのコントロールは、低音に近づくほど難しくなるからです。高い音域はスピーカーとのちょっとした距離と角度を変えればコントロールできたりしますが、A線から下の音域では指向性が広くなるので、角度・距離では抑えられないことがある。PA側でのイコライザーでのハウリング対策は限界もあるし、なにより音色を損なうので、音量を抑えるとか根本的な対策が必要になります。また、バイオリンの低音側の音域は、歌や他の楽器も大量に出している音域で、瞬間音だけでなく持続音も多い。そういう音の洪水の中でバイオリンの音だけをいかにクリアーに拾うか、それ次第でコントロールの可能な幅も決まってきます。

マイクは空気の振動を拾っていますから、いかに近くにセットしようと、他の音源の音量の方が大きければ、そっちを大きく拾います。相対的な関係ですね。だから、他の音源が大量に出している音域は拾うのがむずかしい。そう考えると、単独でマイクのセッティングを決めてもあまり意味がないことがわかるでしょう。理想的にはどの音域でも均一に相対的な音量差をとれることですが、それは不可能とも言えます。まずは他からの音量差を確保しにくい音域での収音を考えると、2)の条件が重要になってくるわけです。それによってハウリングのマージンが決まってきますし、ハウリング対策が少なく済めば済むほど音色の変化は小さくなり、3)の条件が確保できます。

ハウリングマージンがとれないことのデメリットは、音色が不自然になったり、演奏に変に気を使わなければならなかったり、いろいろですが、音楽的にはダイナミックレンジが広くとれず、ピアニッシモが使えないことがつらいです。全体を強めに弾いた方がハウリングには有利ですし (PA側からはそう言う要求が出ることも多い)、モニターの音が思うようにセッティングできないときはどうしても強め強めに演奏しがちです。が、すべてをフォルテやフォルテッシモで弾くのでは音楽が変わってきてしまう。アコースティックバイオリンにこだわってマイクでやっても、最大の武器であるダイナミックレンジの広さが失われたのでは、マイクを使うこと自体がデメリットになってしまいます。

少し話がそれますが、アコースティックなアンサンブルばかりをやってきたプレイヤーがPAを使う環境に入ると、全体の音量の大きさにつられて、どうしても演奏が強め大きめになってしまいがちです。標準になる音量がまったく違うことに慣れるまでは、どれくらいの強さで弾いたらいいかがわかりにくいようです。アンサンブルの基本はあくまでピアニシモであり、バカでかい音量でドカンと演奏していても、それがフォルテシモだとは限らないことが飲み込めてくると、自分の演奏の強弱をどの程度に設定すればいいのか、モニターをどれくらいの音量に設定すればいいのか、その場のシキタリがわかってきます。エレクトリック楽器はアコースティックほどダイナミックレンジが広くないですが、それでもそのなかでピアニッシモからフォルテッシモまでを感じて演奏するかしないかでは、全く結果が変わってきます。


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